働き方が変わる
働き方がかわる、と言うのはあながち間違いでもないのかもしれない。
産業革命、IT革命に続いて、今は組織から個人へ力が移っているワーク・シフトというものが叫ばれている。
今までは組織が大きな力を持っていて、個人がそれに抗うすべはなかったけれども
今ではネットの恩恵もあり、個人であっても組織に対抗できるような力を持つことが可能となっている。
自分の中で一番大きいな、と思ったのがウィキリークスとかアノニマスだった。
個人でも組織に匹敵するほどの影響力を持つ人もいる。
企業側もテレビCMで不特定多数の人に流すより、口コミやYoutube、ニコニコなど個人をターゲットにその商品を興味ある人に流すほうが効果が高い、と考えシフトしている。
自分でも頭ではわかっていたけれど、昔のフリーターや派遣社員が時代の寵児ともてはやされたように、一過性のいわゆるはやりみたいなものではないかと思ってきた。
なんだかんだ言うけれど、結局大企業に定年まで勤めて安泰の道を進むのが一番なんでしょ、と。親の言うとおりにしておけば親も安心して、自分も安心だろう、と。
それがどうやら最近は違うのではないかと感じてきた。
企業に勤めて定年まで働く、というモデルを目指すことに強い不安感を覚えるためだ。
なぜかはわからないけれど、サラリーマンを見てると危機感がないように感じる。
いや、あるにはあるんだろうけど、持っている危機感が些細なもの、というか。
嫁との喧嘩の原因であったり、お小遣いが少ないであったり、彼氏彼女に振られたであったり。
ほとんど誰一人として、今の自分の生活が危うくなる、といったことに関しては心配していないだろう。
このままの働き方ではまずい、とか。時間を提供するだけの働き方ではいずれ取って代わられてしまうから、何か代替のないスキルを身に付けなければ、とか。
そんなに平和ボケしてていいのだろうか、と思う。
私事だがそういう平和ボケの部分を大企業では多く見てしまうので、嫌気がさしたんだろうな、と思う。
死ぬか、生きるかぐらいのところで切磋琢磨しなければ生き残って行けない。
現状に甘えると楽ではあるが、その楽に満足してしまってはあっという間に
30,40と歳を重ねうだつのあがらないおっさんになっていくのは間違いないだろう。
絶対にそれだけは避けたい。
最近個人でも仕事をして生計を立て、勤め人よりも自由な生活を
満喫している人達を見て考えたことでした。
おそらく、そもそもの前提が違うんだろうなー。
安定なんてない。